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前回のエントリーで読書について書きました(こちら)。

そこでも触れていますが、優れた古典を読むことにより、

現代日本の様々な課題の解決に役立てたり、成功へのヒントを探したりすることが可能です。

とはいえ、文語体の文章を読みこなすことは、難しいですね。

言文一致で文章が書かれるようになったのは、

明治時代以降ですから、口語で文章が書かれるようになってから、

100年くらいしかたっていないのですが、

現代人は明治時代の文章でも苦労するものですし、

江戸時代以前の文章を自力で読める方は、かなり少ないのではないでしょうか。

渋沢栄一の玄孫の方もこのように言っています。

ところが、資料を読み始めようとした私は、大きな問題に直面しました。

帰国子女である私にとって、旧漢字と旧仮名で記された昔の資料を読むことは、

裸でアルプスに登るのに等しい試練だったのです。

そこで強力な助っ人である父に頼み、

面白そうなところを現代日本語に直してもらいました。

(「渋沢栄一 100の訓言」渋澤健 日経ビジネス人文庫)

中学・高校の国語の授業で古典は習うものですが、

そのおかげで、昔の文章を読めるようになっている方は、

あまりいないのではないでしょうか?

その一方で、タイトルにあげた例のように、

海外の本を翻訳したものを読むことによって、

昔の日本の知見に触れるというケースが結構多くなっているように思います。

現代日本のビジネスパーソンからすると、

「古典を読む」、「古典の現代語訳を読む」

ということよりも、

「海外の本を読む」、「海外の本を翻訳されたものを読む」

ということの方が、より身近なことなのかもしれません。

とっかかりとなるものが、海外由来のものでもかまわないので、

昔のものに興味がわいた場合には、古典を読むことに対する

ハードルが下がるかもしれませんね。