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一定レベルの教養(Liberal Arts)を習得した者のみが、自由かつ平等な権利を有する市民たり得る

東洋思想(温故知新)について、ちょくちょく本ブログに書いていますが、その関連です。日経ビジネスオンラインに、こんな記事がありました。

そこまでヒドイの ?ケア・テイカーと呼ばれている日本人支社長たち(日経ビジネスオンライン)

日本人支社長たちのダメっぷりは、想像通りなのですが、この記事にある グローバルに活躍するために、「日本文化を習得すれば鬼に金棒」というフレーズが目を引きます。

一部引用します。

日本以外の先進国やアジア諸国は、階級社会(Class Society)により成り立っている。ビジネス分野に於いてそれは、MBAプロトコルと呼ばれる見えない壁を形成している。MBA資格の有無が重要なのではなく、「話が出来る相手かどうか」、を見極める手段である。この文化の根源は、ギリシャ時代の自由市民(Free Citizen)に遡ることが出来る。すなわち、一定レベルの教養(Liberal Arts)を習得した者のみが、自由かつ平等な権利を有する市民たり得る、という考え方である。

(中略)

筆者の友人の奥様は、修学旅行以外は京都を出たことが無い和菓子屋の娘さんであったが、茶道や華道、日本舞踊などを一通り修めていた。ご主人のロンドン赴任に同行したところ、英語が全く話せなかったにも関わらず、彼女はあっという間にパーティの花形となった。

そのうち、スペインやフランスの貴族たちのパーティにお呼びが掛かるようになり、今では国際的にアンティーク家具を商う貿易商として、ロンドンの社交界を中心に活躍している。和を極めることがグローバルに繋がる、良い例と言えるだろう。(引用終わり)

「精神(心・感性)」の部分を磨く方が、長い目で見ると必要

最近は、グローバルに活躍するために、「英語力をつける」 とか、それこそ「MBA」の肩書を得るとか、「USCPA」の資格を取るだとか、「戦略」的な部分が重視され過ぎているように気がします。

こういった戦略的な面の重要性も否定しませんが、記事の例にもあるように、まずは「精神(心・感性)」の部分を磨く方が、長い目で見ると必要なのではないでしょうか?

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リーダーシップ3.0と精神・戦略・実践

連休中に昨年参加した講演会・勉強会の復習をしていたのですが、見直した資料から、一つ気づきを得たので、備忘録的に残しておきます。小杉俊哉さんが解説したリーダーシップ3.0についてです。

ざっくりと書きますと、リーダーシップのあり方(比重の置かれ方)が、変遷しているようで、

リーダーシップ1.0:

専制君主、俺について来い、Comand&Control

リーダーシップ2.0:

変革者、学習・競争型、正しいやり方を知っている

リーダーシップ3.0:

支援者、サーバント型、傾聴と理解

といったところのようです。

それで、この3パターンが 、それぞれ、

リーダーシップ1.0:実践(行動)重視

リーダーシップ2.0:戦略(知性)重視

リーダーシップ3.0:精神(感性)重視

ともいえるのではないかなあ、とふと思った次第です。

ブログで書いたことがある、増田弥生さん佐々木則夫さん落合博満さん白井一幸さん伊藤隆行さんは、リーダーシップ3.0的であると言えるかもしれません。


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