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夏休みに起きた悲しい事故

すでにニュース等でご存知かと思いますが、夏休みの楽しいひと時を過ごすはずのイベントが一転して悲しい事故の原因となってしまいました。

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天竜川川下り船転覆死亡事故(Wikipedia)

業務上過失致死容疑で運営会社へ家宅捜索も行われているようですし、全容解明にはまだまだ時間もかかるでしょうから、事故原因等への詳細なコメントはいたしませんが、今回の報道を見る限り、日本人のというか日本の会社のというかリスクコントロールの甘さを感じたので、すこし述べたいと思います。

安全神話の一人歩きという思考過程

今回の運営会社の安全管理面について、いろいろと問題視がされていて各種報道でも批判が展開され始めていますね。

私が一番気になるのは、運営会社が安全管理を軽視した一因として、「天竜川は上流は急流であっても、遊覧船を運航している区間は流れが緩いから安全だ」→「安全だから、救命胴衣の着用は義務付けなくてもいいよね」という思考過程をたどったのではないかという点です。

要するに、「遊覧船を運航する以上、その区間は危険であってはならない」→「遊覧船は安全でなければならない」→「安全神話の一人歩き」という思考過程がどこかになかったのかということがとても気になります。

すでにお気づきの方もいるかもしれませんが、この思考過程は、「原子力発電所は建設をする大前提として『安全』でなければならない」→「『安全』なんだから、事故が起こった時にはどうしようかということは考えなくてもいい」→「原発は『安全』なんだから避難訓練とか、二重三重の安全対策なんて考える必要はない」という原発安全神話とそっくりと感じるのは私だけでしょうか?

普段どんなに流れが緩やかな川でも、時として流れが急になったり、あるいは渦が発生したり、水中にある思わぬ障害物に船がぶつかったり等々、決して100%安全だと言い切れるはずはないのだから、万が一に備えた対策をとるのが運営会社のあるべき姿のはずです。

ところが、「『安全』と謳わないと、客が来ない」→「『安全』対策をしていると危険だということ思われる」→「救命胴衣は着なくていいか」という思考過程をたどった結果、今回のような事故が起きてしまったとすると、とてもやりきれない気持ちになります。

人間軽視の経営姿勢では早晩事業が行き詰る

ビジネス上、「安全対策」に相当する部分は、そこにお金をかけても売り上げに直結するとは思えませんし、単なる無駄な費用にしか思えないかもしれません。当然経営者としても単なる金食い虫にしか思えず、できればお金をかけたくないという発想になっても不思議ではないですね。

しかし、それがお客様の安全を確保し、安心してレジャーを楽しんでもらえる付加価値を創造するものだととらえることは難しいことでしょうか。

コストがかかると経営を圧迫するのは百も承知ですが、人間軽視の経営姿勢では早晩事業が行き詰ると思うのは私だけでしょうか。


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